
2度目の上京に始めての就職から1年もしないある日、
父親が仕事を引退すると言い出した。
これからの事を考え、チラシ作りの会社は辞める事にした。
手に職と思った自分は高校生の頃に目指した料理の世界に飛び込んだ。
そこは、厳しいと評判のお店。
そんなものは望む所だと向かったはいいが、
厳しさよりも、理不尽さと、息苦しさに体は動かなくなった。
あれはちょうど梅雨時の空気さえ重たい日々だった。
地下のお店で、厨房は完全に工場。
素人ながら仕上げの仕事を任され、
どんどん美味しそうな料理をウェイターに出していく。
ただそれだけ。(それだけの仕事も満足に出来なかった訳ですが・・・)
帰って来る皿はたいていすっかりキレイになっていたが、
お客の顔なんて見れない、見ている暇もない。
小さな印刷機から出て来るオーダー表を見て、
注文をさばく、その動き方にクラクラして来た。
そこに職人の世界なのか厳しいやりとり、
俺には理不尽にしか思えない事が、
何を教わっていいか、誰を見習っていいか分からないのだ。
教わっても誰かに怒られ、またすぐ直せば教わった人に怒られ。
意味が分からない。
完全に体の力が出なくなった。ホントに危険を感じて、
今思えば期待されていたみたいだが、結局1ヶ月で辞めた。
そこから、とにかく仕事と思い、
Web製作会社に就職した。
就職が決まった日に、家の近所のバイク屋で、
250ccのモトクロスをローンで買った。
ちょっとの街乗りと通勤のつもりで買ったバイクは、
その後、世界を大きく広げてくれる羽になる事を、
その時は分からなかった。
そうやってその会社でしばらく腰を落ち着けて仕事をする事に。
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